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■河南町北村字朝日山(諸説あり)
太平洋・金華山から奥羽山脈まで一望できる絶景の地、名勝・旭山県立公園に鎮座する式内社です。大同年間(806-10)坂上田村麿が陸奥征定を祈願、戦勝後千束の他を寄進したことが社伝に見え、古くから産土神として近隣の信仰を集めています。
また旭山中腹には、京都の清水観音堂様式を持つ旭山観音堂があり、見事な子持石が堂宇を囲んでいます。
所在地:石巻市北村字朝日8 |
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■田道町一丁目
蝦夷征伐に向かいこの地で戦死した田道将軍を祀った神社で、『日本書紀』の仁徳天皇55年紀には「蝦夷がそむいたので、上毛野田道将軍を派遣して討伐させたが敗れ、田道は伊寺水門に戦死した」という内容の記述があります。
所在地:石巻市田道町1-5-2 |
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■千石町
寛永年間(1623〜26)の北上川改修の際に測量に使用した縄を埋めた場所に神社を建立したのが由来とされています。
所在地:石巻市千石町5 |
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■門脇字青葉西
明治維新後生活の糧を失った旧武士階級を帰農させるために、現在の大街道に細谷十太夫が場長を務める「牡鹿士族授産場」が設置されました。この大街道の開拓に携わった人々が仙台青葉神社改築のとき、その余材を貰い受け建立したのが青葉神社です。
所在地:石巻市門脇字青葉西 |
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■川口町一丁目
後醍醐天皇の子、護良親王が牡鹿に着いた時その護衛にあたった日下氏・日野氏・平塚氏等忠臣の家を祀った神社といわれています。この場所は『御所浦』と呼ばれ、葛西清貞が延元3年(1338年)伊勢から奥州に向かう途中に暴風に遭った義良親王を迎える仮寓(御所)を建てたのにちなんだ地名と伝えられています。
所在地:石巻市湊字大門崎山 |
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