文化財・歴史年表〜神社・仏閣 〜
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平安時代初期に編纂された法制書『延喜式』に記載された神社を言い、当時朝廷から尊崇されていた神社で、全国に3,132座2,861社あり、そのうち陸奥国には100社、石巻には牡鹿十座桃生六座と呼ばれる16社が鎮座しています。
特に石巻地方に式内社が多いのは、奈良時代この地域は朝廷の蝦夷開拓の前線として交通上・戦略上重要な役目を果たしていたからだと考えられます。 牡鹿十座桃生六座はいずれも国幣社と呼ばれる、国司が神へのお供え物をする神社で、特に零羊崎神社・拝幣志神社の2社は、国家や皇室に大事があった際、臨時に行なわれる名神祭の対象となった名神大社の一つとして国家の尊崇が厚かった神社です。当時、名神大社は全国に306座223社しかありませんでした。
■湊字牧山
牡鹿十座の筆頭に記載される名神大社で、拝殿は鷲峰山長禅寺(廃寺)の御堂でした、内部には『白馬の図』『黒馬の図』の二つの石巻市指定文化財の絵馬が奉納されています。また、同じく市指定文化財の文化11年(1814)建立の宝筺印塔、県内唯一の石造相輪 (塔)(市指定文化財)など歴史的遺産・文化財が多く残されています。
所在地:石巻市湊字牧山7
■羽黒町一丁目
(山下町一丁目鳥屋神社の説もあり)
宮城県指定文化財「鳥屋神社奉納絵馬『奥州石ノ巻図』」が収められています。この絵馬は江戸時代仙台藩の江戸廻米制の基地として繁栄している石巻の様子を描いたもので、縦86.3cm横135.5cmの大きなものです。
所在地:石巻市羽黒町1-7-1
■住吉町一丁目
住吉神社として知られ、拝殿には江戸時代の住吉付近を描いたと考えられている平田船の絵馬や、幕末の句会の記録とされる俳句の掲額があります。
所在地:石巻市住吉町1-3-1
■日和が丘2丁目
日和山公園(歴史・文学の宝庫)
全国には約80カ所の日和山があり、江戸時代千石船の出入航の日和を見る場所や航路目標の重要な山だったと考えられています。石巻の日和山東南の中腹に「マネキ」(航路を指示する場所)という通称名があったことからも、江戸時代に栄えた船運と深い関わりがあると推測されます。
この日和山は高さ56mの北上川河口に位置する洪積段丘の孤立丘で、武神を祭る牡鹿十座の一つ鹿嶋御児神社(窪木家・旧県社)がその頂上に建立され、元来は5月15日が祭礼の日となっています。社伝によれば、宝亀11年(780)12月陸奥鎮守副将軍・百王俊哲の奏上が鎮座の起源と伝えられ、中世には奥州総奉行葛西氏の城「石巻城」があったと考えられています。文禄2年(1593)政宗朝鮮出兵の際、水軍指揮の功績のあった阿部十郎兵衛土佐の奉納した軍配団扇が現在でも同社に残されています。
元禄2年(1689)には松尾芭蕉と曽良が訪れ、石巻の繁栄ぶりに驚かされた様子が『奥の細道』からも読み取ることができます。
江戸時代から桜の名所として知られ、小野寺鳳谷(1810〜1866)による『仙臺石巻湊眺望之全圖』にも石巻の繁栄ぶりが、パノラマ風に描かれています。大正初期に公園整備され、桜の他つつじで彩られる憩の場として今日に至っています。
吉田松陰・志賀直哉、井伏鱒二、廣津和郎、宇野浩二等も眺望を楽しみ、芭蕉、保原花好、石川啄木、宮澤賢治、斎藤茂吉、種田山頭火、釈迢空、新田次郎、山形敞一等、多数の文学碑や、川村孫兵衛、芭蕉曽良像等の像が建てられています。
所在地:石巻市日和が丘2-1-10