明治政府は東北地方の近代化のために、鳴瀬町野蒜に日本初の国際貿易港の建設を計画しました。同時に北上川と阿武隈川の水運を利用し、宮城・福島・岩手・山形を結ぶ経済の大動脈として整備されたのが北上運河・東名運河・貞山運河です。北上川と北上運河の間には潮位の高低に備え石造りの閘門が設置されました。これが現在も残る日本初の西洋式閘門「石井閘門」です。
北上運河は台風の被害による野蒜築港計画の断念以降、明治・大正・昭和の戦前戦後まで、石巻・塩釜間の物流の中心として隆盛を極めましたが、陸上輸送の利便性の増大から利用が減少しました。また、運河周辺の宅地化により生活排水の流入が増え、昭和30年代までは泳ぐこともできた水も汚染し、周辺環境の悪化が進んできました。
全国各地で長い間水運に利用されてきた運河や堀等がその経済的使命の終焉により、つぎつぎと姿を消してゆく中で、北上運河は、その歴史的な意味とともに、人々が集い憩う自然環境を保ちながら後世に伝えようという地域住民の運動等によって、その存在価値を再確認されるに至っています。
平成11年(1999)7月に石井閘門脇にオープンした「北上川・運河交流館」は、北上運河の水をきれいにするための施設ですが、北上川や運河についての展示を通じて地域の人々が水に親しみ、交流できる空間として整備されました。北上川とその周辺の自然環境を望む堤防の景観を活かすために施設全体が河川公園の土手の中に埋もれるようなデザインになっています。
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営業時間
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9時〜17時00分
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休館日
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毎週水曜日
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入館料
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無料
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電話
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北上川・運河交流館 0225-23-3854
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