ロマン海遊21
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日和山公園(歴史・文学の宝庫)
 全国には約80カ所の日和山があり、江戸時代千石船の出航の日和を見る場所や航路目標の重要な山だったと考えられています。石巻の日和山東南の中腹に「マネキ」(航路を指示する場所)という通称名があったことからも、江戸時代に栄えた船運と深い関わりがあると推測されます。

 この日和山は高さ56mの北上川河口に位置する洪積段丘の孤立丘で、武神を祭る牡鹿十座の一つ鹿嶋御児神社(窪木家・旧県社)がその頂上に建立され、元来は5月15日が祭礼の日となっています。社伝によれば、宝亀11年(780)12月陸奥鎮守副将軍・百王俊哲の奏上が鎮座の起源と伝えられ、中世には奥州総奉行葛西氏の城「石巻城」があったと考えられています。文禄2年(1593)政宗朝鮮出兵の際、水軍指揮の功績のあった阿部十郎兵衛土佐の奉納した軍配団扇が現在でも同社に残されています。

 元禄2年(1689)には松尾芭蕉と曽良が訪れ、石巻の繁栄ぶりに驚かされた様子が『奥の細道』からも読み取ることができます。

 江戸時代から桜の名所として知られ、小野寺鳳谷(1810〜1866)による『仙臺石巻湊眺望之全圖』にも石巻の繁栄ぶりが、パノラマ風に描かれています。大正初期に公園整備され、桜の他つつじで彩られる憩の場として今日に至っています。

 吉田松陰・志賀直哉、井伏鱒二、廣津和郎、宇野浩二等も眺望を楽しみ、芭蕉、保原花好、石川啄木、宮澤賢治、斎藤茂吉、種田山頭火、釈迢空、新田次郎、山形敞一等、多数の文学碑や、川村孫兵衛、芭蕉曽良像等の像が建てられています。

筆塚―筆の碑にそえて―
◎碑文『いつとはなしに筆から遠ざかってしまった人 いまも筆を愛し書の美しさをもとめつゞけている人 いずれも筆には何かしらの思い出を持っている 四季を通じてこの地をおとづれる人々に思い出を呼びおこし 書を学ぶ心のさゝえとなり そして次の世代に語りつがれることを願って わたしたちはこの碑を建てよう 海秋書』

 昭和46年(1971)阿部海秋氏の提案で建立され、毎年春にはこの塚の前で筆供養が行われます。

桜の碑―花心有情―
◎碑文『南風に乗って海鳴が聞こえてくる 春霞が立ちこめ日和が丘は 桜の花で彩られ喜びに溢れている‥‥以下略』

石巻海港三百五十周年記念碑
◎碑文『母なる川北上川は 岩手県御堂観音弓弭の泉を源とし蜿蜒(247)キロメートルを流れ石巻の河口で太平洋に注ぐ 1976年石巻開港三百五十周年を祝い 河口を望むこの地に本碑を建立す』

招魂碑(日和山公園)
◎碑文『均シク是死ナリ然レトモ……以下略』大正11年(1922)に建てられた、天保年間(1830)以降の漁業関係者300余名の供養碑です。

花をたたえて
◎碑文『桜が永く石巻を飾る名花・名木であってほしいとねがう』
 江戸時代以来の桜の名所であった日和山も、戦中戦後荒れるにまかせる状態になっていました、これを見かねた大苗代伸成氏を中心とした有志が昭和28年(1953)石巻緑化普及協会を設立しました。その後昭和40年(1965)石巻さくらの会に発展し、日和山を中心に石巻市内を桜でいっぱいにしようと3,000本の桜を植樹しました。
川村孫兵衛重吉像

昭和58年(1983)河北新報社より寄贈されたもので、河南町の八雲神社所蔵の「北上川開削図」の重吉をモデルにして造られ、建立されました。
芭蕉と曽良の像

昭和63年(1988)「奥の細道300周年」を記念して建てられた像で、芭蕉ひとりの像は多く見られますが、曽良と二人のものは全国でも珍しいものです。